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“破天荒”であり続けるために。

”今どきの若い奴は!!”と言われる世代だった高校生の時、ふとしたきっかけで山岳部に所属することになりましたが、この経験が今の自分の人生に大きく影響しているように思います。暇つぶしのように考えていた部活動がなぜかすごく楽しく、本気で取り組むようになりました。 北海道選抜の代表候補に選ばれ、認められた感じがしたことを今でも覚えています。

卒業後、コンピューター技師として就職しましたが、自分の仕事に不満を持つようになり25歳で退社。その後は国内添乗員として某大手旅行会社に勤めました。まったく英語が話せない自分でしたが、その2年後には一路ニュージーランド行きを決行し、28歳の時に1年間滞在しながら海外の生活を経験しました。 今思えば単に無謀な冒険でしたが、今やるべきことはこれだという確信があったことは間違えありません。その後、ニュージーランドの次の目的地としてカナダ行きを決行し、カナディアンロッキーにも興味があった自分は、カルガリーという町を選びました。

実際にカナダで生活してみると大変なことが多く、帰国を考えたこともありました。しかし、カナダに住んで16年が経った今、現在はハイキングガイドとして仕事をしていることを思うと、なるべくしてなった感じがしてやみません。 こうして現在の仕事をして思うことは、未知の世界を切り開き、自分を信じて目標に向かっていくことの大切さです。経験した苦難の全てが糧となり、今の自分を築いてきた土台になっています。

挑戦と挫折の繰り返しが自分を形成する。

今までの経歴の中で、本格的にガイドに関係する仕事をしたことはありませんでした。 そのため、今の仕事は新たな自分への挑戦でもあります。 しかし、いつの時も自分が選択した道に後悔したことは一度もありませんでした。

ガイドという仕事を40歳過ぎに選択した私にとって、体力強化とさらなる上のガイド資格を取得するということは、非常にやりがいのある新たな挑戦です。 知らない未知の世界は楽しみでもあり、不安でもありますが、今まで直感で人生の道を選択し、経験と知識を積み重ねてこられたのは、”挑戦”と”挫折”を糧としてきたからだと思っています。ガイドとしてお客様を大自然の中にお連れする仕事に従事している以上、常に”初心忘れるべからず”と心に刻み、頑張っていきたいと思います。

自分の心にはいつも忘れない言葉があります。 『失敗はあきらめなければ失敗ではない、うまくいかなかった方法を見つけることができた成果である、次の挑戦が成功につながる。』 数々の経験を誰にも負けない知識として自分に秘められたとき、最高のガイディングを提供できるのではないかと考えています。

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プロフィール
植木正幸 プロフィール

植木 正幸(ウエキ マサユキ)

1970年12月4日 戌年
北海道出身
所有するガイド資格
  • RMAM
  • IGA

北海道札幌市生まれ札幌育ち、21歳まで学生生活を札幌で過ごしました。その後、東京へ就職のため上京。高校から学んできたコンピュータープログラミングの仕事に就き、後にシステムエンジニアとして26歳まで東京で過ごしました。

 

将来の夢を追い求めるため一旦札幌へ帰り、大手旅行会社の国内添乗員として新たな人生を歩みました。 全国を回り、多くの方々と旅を通して知り合うことができたのは貴重な経験です。海外に強い興味をもっていたこともあり、その後は憧れのニュージーランド(NZ)にワーキングホリデー制度を利用して1年間過ごしました。 NZではフライフィッシングに夢中になり国中を釣り歩く中、南島にあるテアナウという町で知り合った方からミルフォードトラック(世界一美しい登山道)での日本人ハイキングガイドを頼まれこともあり、短期間ガイドとして働いた経験もあります。

 

丸一年間NZで過ごした後、一旦日本へ帰りカナダへの渡加費用を貯め、半年後の2000年5月にカナダのカルガリーに入り現在に至ります。 料理経験を活かし、渡加から5年後に数店の飲食店を経営しましたが、10年を期に区切りをつけてこの仕事を辞め、ヤムナスカでハイキングガイドとして新たな道を歩む決心をしました。

 

趣味は広く浅くがモットー。登山、釣り、写真、スキー、料理、バイク、旅行、サッカー、愛犬との登山,、最近はクライミングに挑戦などなど多種多様な”趣味歴”あります。 また、北米から日本への輸出事業、飲食店経営アドバイザー、大型バス運転、調理師など、多様な経験と資格を積み重ね、マルチタスク人としてカナダで過ごしています。

好きなものコラージュ

誰にも負けない得意分野、趣味、尊敬する人物などなど。